特ダネ記者が今語る特捜検察「栄光」の裏側
(1)猪瀬直樹・前東京都知事と徳洲会の事件の処理
対談する3人。左から村山治、松本正、小俣一平の各氏。
ロッキード事件、リクルート事件など戦後日本を画する大事件を摘発し、「検察のレジェンド」と呼ばれた吉永祐介元検事総長が亡くなって1年が経つ。
それを機に、吉永さんを長く取材してきた元NHK記者の小俣一平さん(62)と元朝日新聞記者の松本正さん(68)に、吉永さんと特捜検察、さらに検察報道の今と昔、それらの裏の裏を語ってもらった。
記者たちにとって最も重要な取材先でありながらも最も取材しにくい検事といわれた吉永さんが、小俣さんだからこそ、松本さんだからこそ、その2人の記者にだけ語ったであろう生の言葉は、今となっては、その一つひとつが貴重な記録である。
同時に、2人の証言は、特捜検察が最も輝いた時代に、沈滞する今の検察が抱える問題の萌芽があったことも明らかにするであろう。連載を通じ、検察が抱える問題が一層、明確になり、検察再構築への道筋が見えてくることを期待する。
朝日新聞、毎日新聞、NHKでかつて「検察のレジェンド」を取材した記者たちが集まり、特捜検察とその報道、それらの裏の裏を今だから語り尽くす。左から小俣一平(NHKから東京都市大学)、村山治(毎日新聞から朝日新聞)、松本正(朝日新聞から中央大学)の各氏。東京・霞が関の検察庁舎前で。
●がっかりした徳洲会事件での政界捜査不発
村山:吉永祐介さんが亡くなって1年がたちます。この機会に、戦後の検察に大きな足跡を残した吉永さんを偲ぶとともに、低迷している検察と、検察報道について話し合いたいと思います。
初回は、まだ記憶に新しい、直近の特捜事件である「徳洲会事件」についてご意見を伺いたいと思います。
まず、事件の概要を簡単に説明します。
日本最大の医療法人グループ、徳洲会は、2012年秋に経営権をめぐる内紛が起き、創業家にクビを切られた前事務総長の能宗克行さんが特捜部にグループの不正経理を告発しました。それが、捜査のきっかけでした。
徳洲会グループは、医療で上げた利益の中から、創業者の徳田虎雄さんが代表を務める政党「自由連合」に巨額の資金を貸し付けたり、与野党の政治家に資金提供しており、特捜部にとって、かねて目をつけてきた「政治銘柄」でした。
特捜部は、2013年春から捜査を進め、同年12月までに、虎雄さんの次男の徳田毅衆院議員(辞職)の陣営の選挙違反事件で、徳田議員の姉2人を含むグループ幹部10人を公選法違反(運動員買収、買収資金交付)で起訴しました。
難病で寝たきりの虎雄さんを選挙の総括責任者と認定し、関連会社でプールした裏金を毅さんの選挙につぎ込み、病院職員を運動員として動員するなどグループによる組織ぐるみの選挙違反の実態を暴きました。
しかし、肝心の徳洲会グループの政界工作についての捜査は事実上、不発で終わりました。捜査の過程で、2012年暮れの東京都知事選の直前、立候補を予定していた猪瀬直樹・東京都副知事(当時)が徳洲会側から5千万円の提供を受けていた事実が浮かびましたが、検察は今年3月28日、5千万円を借入金と判断。
徳洲会側から都知事選に関して5千万円を借り入れながら、収支報告書に記載しなかった公選法違反(収支報告書の虚偽記載)で略式起訴し、猪瀬さんは50万円の罰金を払って捜査は終結しました。
小俣:予想していたこととはいえ、あの処理にはがっかりしましたね。そもそも、公選法違反で立件すること自体がぴんとこない。1990年代後半の特捜部、つまり熊崎勝彦さんが特捜部長時代の特捜部なら、間違いなく、収賄罪で摘発を目指したでしょう。
検察は、猪瀬さんに渡った5千万円について、最終的に「貸付」と認定しましたが、猪瀬さんが5千万円を返したのは、徳洲会に強制捜査が入った後でした。
政治家の借用証はアリバイ的なもので、貸した側だって本当は、返してもらうつもりはないことが多い。そういうものは寄付、すなわち賄賂と認定してもおかしくない。また、借入と認定した場合でも、金融上の利益を得ているから賄賂と認定できなくもない。
贈収賄事件の捜査で一番苦労するのはカネの授受の立証です。それがほぼできている。あとは、職務権限と請託の証明だけです。副知事、知事の職務権限は広いが、法律的に詰めるのは検察のお手の物です。
村山:請託についても、それらしき話はありました。猪瀬さんは副知事時代の2011年6月の東電の株主総会に、東電の大株主である都の首脳として出席し、都内一等地にある東電病院の払い下げを東電経営陣に迫り、売却に踏み切らせた。
その払い下げの入札に徳洲会は参加しました。今回のスキャンダル発覚で徳洲会は入札から降りましたが、猪瀬さんが徳田虎雄さんに選挙の支援を要請した際、2人は東電病院の件も話題にしている。徳洲会は、都心に拠点病院を持つのが悲願でした。
松本:かつて、親しくしていた特捜検事が言っていました。「難しいのはカネの授受(デリバリー)なんだよ。あとは作文だ」と。「作文」は語弊がありますが、その検事は「特捜部は、デリバリーさえ立証できればいい。職務権限や請託の解釈で無罪になっても検察が批判を受けることはない。立件しないことによって受ける批判と、立件して無罪になって受ける批判を比較して、どちらが検察にとって営業上得か損か。そこなんだ」とはっきり言っていました。多くの特捜検事の本音は同じでしょ。
村山:私も、同じような話を聞いたことがあります。吉永さんが検事総長だったら、どうでしょう。贈収賄で立件したでしょうか。
●「吉永さんなら、収賄罪での捜査を命じた」
松本:猪瀬さんの事件の場合、5千万円のデリバリーを立証するには、資金提供の仲介役だった右翼の木村三浩さんから「あの借用証は、単なる形式だけのものですよ」という供述が取れて、それを客観的に裏づける証拠を集めればいい。
もちろん、知事の職務に関して具体的なお願い事をした受託収賄罪でないと立件できませんが、東電病院買収をめぐって徳洲会側の具体的な動きがあった。
5千万円の授受がこれだけ明確になっている点を考えると、吉永さんの時代の特捜部だったら、職務権限と請託についてもっと綿密な捜査をしていたし、吉永さんはそれを命じていたでしょう。
村山:確かに、おっしゃる通りです。法務・検察幹部の一人は「かつての特捜部なら、東電病院払い下げにからむ贈収賄――という絵を描いて関係者の供述を得るべく関係者の身柄をとってぎりぎり取り調べていただろうね。そういう取り調べをしていると、真相は別にして、だんだん関係者の供述が揃ってくるものだ。それほど不合理でないストーリーで、関係者の供述がそろっていれば、かつての裁判所なら、有罪にしたのではないか。もっとも、いまは、裁判所が供述調書を簡単に採用してくれなくなったため、そういう手法はできないが」といっていましたね。
松本:吉永さんは「石橋をたたいて渡る検事」だった。証拠の評価に厳しいのはもとより、社会状況も踏まえて立件判断をしました。吉永さんならどうしたか、は言えませんが、吉永さんは、こと捜査については腰が据わっていた。贈収賄で立件するにしろ、見送るにしろ、捜査を尽くしたうえで、国民が検察に不信感を抱くことがないような答えを出し、きちんと説明したと思います。
小俣:松本さんが言われたように、吉永さんは「慎重居士」と言いたくなるような、私はよく「吉永さんは、石橋を叩いて、叩いて、叩き壊す人」と言っていますが、つまり、当たり前といえば、当たり前ですが、勝てる勝負以外しない人だったと思います。孫子の兵法の謀攻篇にある「戦うべきと戦わざるとを知るものは勝つ」と云うやっですね。逆に言うと「勝てる勝負」はするということで、猪瀬事件は十分捜査する価値のあった事件ではないでしょうか。
村山:検察は、検察OBの三井環さんから贈収賄での告発もあったことから、猪瀬さんについて、東電病院の売却をめぐる収賄容疑でも捜査しましたが、猪瀬さんの株主総会での発言を受けて徳洲会グループとは別の大学病院が東電病院の取得に関心を持っていたとの話や、徳洲会グループも、東電病院以外の病院の取得に食指を動かしていたとの話もあり、東電病院売却話を猪瀬さんに対する請託とはしにくい、などとして嫌疑不十分で不起訴にしました。
贈収賄事件を立証するうえで、最大の証拠とされてきたのは、検察が被疑者や参考人を取り調べて作成する供述調書です。その供述調書に対する裁判所のスタンスが、吉永さんや熊崎さんが特捜部を指揮していた時代とは大きく変わっています。
かつては、取り調べで「押し付け」「誘導」があっても、供述内容は真実を語っている、と裁判所が善意に受け取ってくれる場合もありましたが、いまは、裁判所が、検察の捜査をまず疑ってかかるうえ、逮捕した被疑者の供述調書については録音録画をしていない供述調書はまず採用しません。
今回、特捜部は逮捕した被疑者だけでなく、在宅で取り調べた猪瀬さんについても録音録画のもとで聴取しています。贈収賄は密室犯罪です。贈賄側、収賄側がともに否定すれば立証は困難になります。録音録画の下で、関係者から贈収賄の供述を引き出すのは難しかった、との見方もあります。
●なぜ、公判請求しなかったのか
小俣:結局、検察は、市民団体から告発が出ていた公選法違反で立件するわけですが、検察はなぜ、公判請求しなかったのでしょうか。有罪の心証があったから、起訴を選んだのでしょう。国民は、徳洲会側がどういう理由で資金を提供したのか、法廷で明らかになるのを望んでいたと思います。猪瀬さんにしても、政界は引退してジャーナリストとして再出発したい意向のようだから、むしろ、堂々と主張して判決を受けた方がよかったと思います。
村山:私も、公判請求した方がよかったと思っています。検察は、公開の場で堂々と、捜査の内容について国民に対し説明責任を果たせるし、一方の猪瀬さんも、知事としての説明責任を果たせますし、それで有罪になっても、主張に筋が通っていれば、市民の印象は悪くならなかったかもしれない。逆に、作家として、反検察を新たなブランドにできたかもしれない。
松本:猪瀬さんの弁護士が裏で特捜部と交渉して、猪瀬さんにここまで譲歩させるからこうしてくれ、と折衝したのではないですか。
村山:その通りですね。現役時代、粘り強い捜査で「マムシ」の異名をとった検察OBの弁護士が猪瀬さんの弁護人になっていました。さらに、裏側で元検事長の大物弁護士が動いていたという話もあります。略式にしたのは、検察側と猪瀬さん側の利害が一致したからだと思います。
小俣:1992年に特捜部が摘発した金丸信元自民党副総裁の5億円闇献金事件で、特捜部が金丸さんを罰金20万円の略式起訴にして世論の批判を受けたことを思い出しました。
今回は、あれほどの世論の反発は起きませんでしたが、あのときも、容疑を認める上申書を金丸さん側が提出したことをめぐって特捜部と金丸さんの弁護士との間で水面下の折衝がありました。あの時も金丸さんの弁護士は、検察OBでしたね。
村山:東京佐川急便側が持参した5億円を、秘書の生原正久さんが大金なのでいったん、預かって金丸さんに相談し、「もらっとけ」と指示を受けて金丸さんに代わって受け取った、という供述調書が頼りでした。
生原さんが、政治団体の代表である自分が政治団体のカネとして受け取った、金丸さんには事後に報告した、と供述していれば、生原さんと会計責任者の虚偽記載などの罪ということになり、金丸さんの罪は問えませんでした。
公判請求して金丸さん側が争ったら、厳しかったと思います。金丸さんが上申書で罪を認めたので略式起訴にでき、一件落着とすることができた面があります。
松本:ただ、金丸さんの略式処理で検察が当時批判を受けたのと、今回の猪瀬さんのケースでは事情が違う。金丸さんの場合、当時の政治資金規正法の量的制限違反に対しては罰則が罰金しかなかった。だから、あのような処分しかできなかったのです。佐渡賢一副部長は、その最高額である20万円を求刑した。その点では法的にきちんとやっています。一方、猪瀬さんのケースは、やろうと思えば、公判請求できたのでしょう。
小俣:まったくその通りですよ。本来国民が怒るのは、猪瀬事件のほうなのに。
村山:そうですね。公選法の虚偽記載の罰則は、3年以下の禁錮か50万円以下の罰金と定められています。検察幹部にどうして略式請求にしたのか、その理由を聞きました。彼は以下のように説明しています。
検察としては、捜査で虚偽記載については有罪の心証を持った。そこでまず、求刑を罰金にするのか、体刑(禁錮)にするのか、を考えた。公選法の虚偽記載での摘発は先例がありませんでした。
その中で、カネは選挙に使っておらず耳をそろえて返していること、知事を辞め社会的制裁を受けている情状を考慮して罰金刑を選択した。
そのうえで公判請求か略式請求か、を考えた。罰金求刑なら略式請求で処理するのが通例だ。公判請求していざ求刑する段になって罰金だと国民が混乱するのではないか、と考え、略式を選んだ。もちろん、否認すれば公判請求になるが、当初、否認していた猪瀬さんも、それを受け入れた。
小俣:それって、まるで猪瀬サイドと示し合わせたことがバレバレのような言い草ですよね。
●検察は腰が据わっていなかった?
松本:いい意味でも、悪い意味でも、国民は、正義の味方、「東京地検特捜部」が、権力犯罪を摘発することを期待している。略式にした場合、それを国民がどう受け止めるのか、という視点も必要です。行き過ぎてはまずいが、どうも検察は、徳洲会事件では初めから、腰が引けている印象があります。要は、権力犯罪に対する検察幹部の腰が据わっていなかった、ということではないでしょうか。
村山:確かに、一連の捜査を見ていると、検察は、特捜部の捜査で傷つかないよう、最初から、安全地帯に身を置いて、おっかなびっくり捜査させているような印象がありましたね。そういう捜査だから、着地点を探すと、公選法しかない、ということになってしまう。捜査手続きは完璧なのでしょうが、国民は拍子抜けしたでしょうね。
小俣:略式請求にすると、国民から選ばれた検察審査会が事件を審査する機会を奪う、との意見もありますね。検審が審査できるのは、不起訴事件だけで、略式請求は一応、起訴ですから、審査できません。検察OBの弁護士の狙いはそれもあるのではないでしょうか。
村山:検察は、その点については、公選法以外に告発の出ていた収賄や政治資金規正法違反は不起訴にしていますから、告発者はどうぞ、検察審査会に審査請求してください、と言っている。そうすれば、捜査記録を提出し、丁寧に説明する。
公選法違反とほかの告発容疑は、事実関係はほぼ同じなので、公選法違反の捜査記録と重なるから、捜査内容の開示という点では効果は同じだ、と。
しかも、略式命令が確定すれば、確定訴訟記録を閲覧できるし、記者発表でも踏み込んで説明した。そこで一定の国民に対する説明責任は果たした、というのが検察の言い分です。
しかし、これまでも検察は、あれこれ理由をつけて確定訴訟記録をまともに開示することがありませんでした。今回も、朝日新聞は開示請求を出しましたが、開示しないと通告してきました。
私自身は、記者発表は聞いていませんが、記事を見る限り、十分な説明があったとは受け取れません。
●貸付認定に疑問を投げかける国税OB
村山:検察が5千万円を「寄付」でなく「貸付」と認定したことについては、「安易に貸付と認定してもらっては困る」と国税当局側に不満があるようです。
小俣:国税側は、猪瀬さんに脱税の疑いがあるとみて、関心をもっていたのですか。
村山:「寄付」だと、選挙活動や政治活動に使っていなければ、課税対象になりますからね。国税当局側が問題にしているのは、徳洲会と猪瀬さんのような形のカネのやりとりは、経済取引の世界でも、いっぱいあり、それを貸付と認定してしまうと、課税できなくなってしまうからです。
猪瀬さんが授受の当日に書いたとされる「借用証」は金額と署名だけで、押印すらありませんでした。こういうものを世間では借入とはいいません。経済取引の世界では通用しない。
検察の今回の判断でいけば、カネを提供した側と受け取った側が口裏合わせをし、形式的な借用証を示して「貸付だ」と主張したら、所得認定できなくなります。有力国税OBのひとりは「検察は、もっとぎりぎり詰めて、仮に借入と判断するにしろ、国税とも連携して明確な判断基準を作るぐらいのことはしてほしかった」といっています。
小俣:国税OBの話はもっともですね。どうして、検察は、貸付と認定したのでしょうか。何か、事情があったのでしょうか。
村山: 検察が今回、猪瀬さんのケースを「貸付」と認定した理由は、猪瀬さんが本気で返済しようとしていた事実があったからです。選挙が終わった直後から返そうと徳田虎雄さんの二男の徳田毅衆院議員(当時)にアプローチし、カネを準備し、会う約束をしたが、その約束の日に毅さんは女性スキャンダルを週刊誌で暴かれたことで国交大臣政務官を辞任した。その後は、オリンピック招致や妻の死でばたばたし、返すのが遅れた。
猪瀬さんの供述内容はわかりませんが、おそらく猪瀬さんは、最初は、もらうつもりでいたのが、徳田毅さんに求められて借用証を書いて渡してしまった。渡してから、「物証」を残したことが心配になったのではないかと、私は推測しています。
もらうつもりがあったとすれば、「借入」ではない、ということになりますが、検察は、資金提供した側の徳洲会側が「貸付」と言い張り、猪瀬さんも必死になって返そうとしていた事実がある以上、偽装返却とは認められない、と判断したようです。
●小沢事件のトラウマ、公選法違反で政治家を罪に問う難しさ
小俣:東京地検特捜部は、民主党への政権交代が確実視されていた2009年春、民主党代表だった小沢一郎代議士の資金管理団体「陸山会」の会計責任者の公設秘書を、ダミーの団体を使ってゼネコンから献金を受けた政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で強制捜査して「政治的捜査ではないか」などと批判を受けました。
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010年には、陸山会の土地購入をめぐる政治資金規正法違反容疑で小沢さん本人を秘書との共犯で捜査しながら起訴できず、さらに小沢さんを強制起訴した検察審査会に特捜部が事実と異なる捜査報告書を提出していたことが発覚し、世論の厳しい批判を受けました。
猪瀬さんの選挙違反も同じ情報開示義務違反型の犯罪です。検察の腰が引けているように見えたのは、小沢事件の失敗のトラウマもあったのではないですか。
村山:検察首脳らが小沢事件を意識していたことは間違いないと思います。それゆえ、検察が捜査や処分の判断でことさら慎重になっていた面もあると思います。
公選法は、選挙資金の収支報告書の提出義務者は出納責任者と定めている。これは、政治資金収支報告書の提出義務者を政治団体の会計責任者としているのと同じです。犯罪があった場合の主役は、政治家本人ではない。政治家の犯罪を問うには、一般的には、法律上の主体である出納責任者と政治家本人の共謀があった証明が必要なのです。
ところが、猪瀬さんの場合は、自分でスポンサーと話をし、自分で5千万円の現金を受け取っている。そのカネの存在を出納責任者に話していない。そして、猪瀬さんは、報告書の提出についても、出納責任者と一切、話はしていないとされています。何も知らない出納責任者は収支報告書に記載せず、選管に提出していたとされています。
猪瀬さんの事件の場合は、むしろ、猪瀬さんが主役で、出納責任者らを道具として使った「間接正犯」として検察は訴追したと思います。
小俣:でも、実際に、報告書を提出する責任者は出納責任者なんでしょ。猪瀬さんが、出納責任者を道具として使った、という事実は、あったのでしょうか。
村山:どうも、出納責任者と一緒に仕事をしてきた猪瀬さんの秘書が、報告書提出前に猪瀬さんに「報告書を出しますよ」と報告し、猪瀬さんは報告書の中身は見ずに、「おう、わかった」と了承した事実があったようなのです。猪瀬さんは実際に選挙に使ったカネが3千万円で、選管に提出する報告書にはそれしか書いていないことを知っている。同時に、徳洲会から受け取った5千万円は記載していないことも認識していた。だから、そこで、猪瀬さんの虚偽記載の罪は問えると検察は判断したようです。
●小沢事件と猪瀬事件の違い
小俣:「おう、分かった」という政治家と秘書のやりとりは、どこかで聞いたような話ですね。
村山:「おう、分かった」のフレーズは、小沢さんの事件でも、有名になりました。
小沢さんの資金管理団体、陸山会が世田谷区の土地を購入することになり、小沢さんは「ポケットマネー」の4億円の現金を会計担当秘書だった石川知裕前衆院議員に渡した。
石川さんは土地を購入するに際し、代金をそのカネで支払ったが、その直後に別に政治団体のカネを預金担保にして銀行から4億円借りた。特捜部は、本来、8億円の「入」があったと収支報告書に記載すべきなのに4億円しか記載していなかった、として小沢さんと石川さんが虚偽記載を共謀した疑いがあるとして捜査しました。
石川さんは、収支報告書の虚偽記載への小沢への関与について次のような供述調書に署名しました。
「小沢先生から受け取った4億円は、先生が政治活動の中で何らかの形で蓄えた簿外の資金であり、報告書に載ると、次期代表選前に土地取得やその原資の不透明さが報道されるなどして先生に不利になるため、小沢先生に登記を翌05年にずらすことを提案すると、『そうか。それじゃあ、そうしておいてくれ』と言われた」
「また、土地取得原資が小沢先生から提供を受けた4億円でないという外形を作るため、10月29日の代金決済当日に、銀行に定期預金を設定し、それを担保に先生が4億円を借り陸山会が転貸を受けることを考えた。その旨を小沢先生に説明すると、『おう、分かった』と言って賛成してくれた」
小俣:「おう、分かった」のくだりは、猪瀬さんと秘書の応答とほぼ同じですね。ほかにも、政治家本人がカネに触っていたこと、報告義務者でなく周辺の秘書と政治家のやりとりが立証のポイントになったことなど、2つの事件は外形的には、よく似ているのですね。
松本:いや、猪瀬事件と小沢事件は全く違う。決定的な違いは、小沢さんの4億円は自分のカネだったことです。水谷建設から小沢事務所側に提供されたという5千万円はよくわからないところがあるが、検察は、その5千万円を虚偽記載の対象にしていない。
虚偽記載の対象とした4億円は、小沢さんの手元にあったカネだ。これまでの政治活動の中で業者や業界など外部から集めたカネだといった声がなかったわけではありませんが、それは証拠に基づかない単なる憶測にすぎない。
小沢氏は亡父から相続した遺産や著書の印税などの蓄えだと説明し、それを覆す事実は検察の捜査でも出ていない。
一方、猪瀬さんの5千万円は、東京都と密接にからんだ業者からのカネだったのです。
村山:小沢事件での特捜部の最初の見立ては、「小沢さん側は土地代金決済に近接して水谷建設から胆沢ダムの受注謝礼で5千万円を受け取って土地代金の一部に充てた。公共事業の口利きでゼネコンから裏金をもらったことがばれると政治家は致命傷になる。
その5千万円を含む4億円の出所を明らかにしたくない小沢さん側は、そのカネで土地を買ったことを隠すため、あえて、陸山会が利子を負担して同額の4億円の融資を受けた」というものでした。
ただ、石川さんが5千万円の受領を認めなかったことで、特捜部は、後に、石川さんらの公判では、水谷マネーについて次のように説明します。
「小沢さんが土地購入費として陸山会に提供した4億円は、そもそも表に出せない金だった。石川さんは、ダム工事を受注した水谷建設から謝礼の5千万円を受け取っていたため、この4億円の借入を正直に収支報告書に記載すると、その出どころを詮索され、ひいては公共事業がらみでゼネコンなどから巨額の入金があったという小沢事務所の『財布』の実態が露見する、と考えて記載せず、さらに、ばれないよう銀行からの融資を偽装した」と。
特捜部は、小沢さんが4億円の現金を石川さんに渡したこと、預金担保契約を了承していることから、その文言があれば、共謀が成立する、と判断しましたが、検察上層部は、もっと具体的な共謀供述でないとだめだ、とはねつけ、小沢さんについては嫌疑不十分で不起訴にしています。
その後、検察審査会は小沢さんを強制起訴し、無罪になったことはご承知の通りです。一方、実行犯の石川さんは、会計責任者の大久保隆規さんら秘書2人とともに虚偽記載の罪で起訴され、ともに一、二審で有罪判決を受けましたが、2つの判決は、石川さんが水谷建設から5千万円を受け取ったと認定しました。
大久保さんら2人は有罪が確定しました。石川さんは上告中です。
小俣:同じような「おう、分かった」でも、意味が違うのですね。
村山:それぞれの事件の状況証拠の違いはありますが、小沢さんの場合は、石川さんとの共謀の有無が焦点でした。政治資金収支報告書の提出は何十回も行われ、秘書による記載、提出がルーティン化していた。そのため、「おう、わかった」程度の応答では共謀とまでいえないと、検察は判断したのだと思います。
一方、猪瀬さんの場合は、間接正犯ですから、出納責任者との共謀の事実は必要ない。猪瀬さんは、政治家として最初の選挙だった。報告書を出すのも初めてで、猪瀬さん自身も、いろんなプロセスをいちいち注意深くチェックしていた。猪瀬さんが「おう、分かった」と言わない限り、報告書が提出されることはなく、逆に、彼が「分かった」と言ったのではじめて報告書が提出された。その状況を重く見て、検察は、間接正犯が成立する、と判断したようです。
小俣:わかりにくい説明ですね。
村山:収支報告書の虚偽記載で政治家本人の犯罪を認定することがいかに難しいか、ということの証左です。出納責任者との共謀の有無を判断する方がまだ簡単かもしれません。出納責任者を道具として使った、と捉える「間接正犯」で政治家を訴追したのは初めてだと思います。
●録音録画での取り調べ
小俣:猪瀬さんは最終的には虚偽記載の罪を認めたんですね。突っ張っていたら、おもしろかったのに。
村山:猪瀬さんが、小沢さんのように否認で突っ張って検察が正式公判に持ち込んでいたら、検察は、いやでも法廷で供述証拠や物証で間接正犯の立証をすることになる。そうしたら、事件の図式や、犯罪の態様はもっと、はっきりしたでしょうね。
今回、特捜部は、猪瀬さんを在宅でみっちり取り調べました。取り調べは、すべて録音録画で行ったようです。これは異例のことです。特捜部は、大阪地検の不祥事以後、検察改革の一環として、逮捕した被疑者の取り調べについては原則、録音録画のもとで行っていますが、在宅被疑者は対象にしてこなかったのです。
いざ公判になって「恫喝、誘導でストーリーを押し付けられた」などといわれないため、万全の態勢をとったようなのですが、猪瀬さんは、5千万円を必死になって返そうとしたこと、虚偽記載の認識があったこと、などを、普通の調子で供述したそうです。検察幹部は「だから、今回の捜査は完璧」といっています。
小俣:手続き的には「完璧」なんでしょう。でも、猪瀬事件は、それで真相が解明されたといえるんでしょうか。徳洲会と東京都との関係はもっと、どろどろしたものがあったような感じもする。
猪瀬さん以外の、むしろ、捜査の本命とみられた徳洲会側による政界工作の解明はどうなったのですか。石原慎太郎・元都知事や亀井靜香元建設相ら大物政治家の名も浮かんでいた。
徳田虎雄さんの側近で長年、徳洲会事務総長と自由連合の会計責任者を務めた能宗克行さんは、徳洲会グループの政界工作の全容を知る人物として特捜部がずっと関心を持ってきた相手でしょう。「能宗メモ」といわれる爆弾資料を持っていて、しかも、その能宗さんが捜査協力したのに、これだけで終わりでは、拍子抜けです。
村山:特捜部に徳洲会グループの不正経理を告発した能宗さんは、2013年1月末にまとめた「徳洲会の聴聞通知書に対する回答」の中で、2006年に発覚した宇和島徳洲会病院の「病気腎」移植問題で、厚労省が同病院に対する保険医療機関の指定取り消しを検討した際、超党派の議員連盟「修復腎移植を考える超党派の会」の活動で問題を棚上げにすることができた、と記しています。厚労省は議員らから厳しく詰問され、取り消し処分を見送りました。
また、能宗さんは、2006年に千葉県の国立国府台病院の払い下げでも、民主党の元代議士の人脈を使い、厚労省と強い関係のある国際医療福祉大学に払い下げられるとされていた状況をひっくり返し、徳洲会が取得できた、としているほか、民主党政権時代に、同じ人脈を使って、外国から患者を受け入れるメディカルツーリズムを推進してもらった、としています。
小俣:いまの山上秀明特捜部長(司法修習39期)や森本宏副部長(44期)は、最後の特捜部の雰囲気を持つ検事と聞いていたのに、残…「続きはログイン・ご購入後に読めます」
転載終了、
村山 治(むらやま・おさむ)氏
朝日新聞記者。
徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。
松本 正(まつもと・ただし)氏
中央大学総合政策学部特任教授。
1970年、中央大学法学部卒。朝日新聞の東京社会部で司法クラブキャップ、次長、編集委員、部長代理、部長。その後、広報宣伝本部長、編集局長、ジャーナリスト学校長を歴任。
小俣 一平(おまた・いっぺい)氏
東京都市大学メディア情報学部教授。
1952年2月、大分県杵築市生まれ。早稲田大学大学院博士後期課程修了(博士・公共経営)。NHK鹿児島放送局、社会部で記者、司法キャップ、NHKスペシャル・エグゼクティブプロデューサーを歴任。出版社「弓立社(ゆだちしゃ)」代表。坂上遼の筆名で探訪記者。著書に『新聞・テレビは信頼を取り戻せるか』『消えた警官』『ロッキード秘録』『無念は力』など。
奄美の地元では6月26日号、週刊文春の記事
(洲会マネー、2億7千万円を食った永田町の怪人)が話題になっています。奄美の書店に届きしだい記事の概要をアップしたいと思います。
![イメージ 6]()
このブログ記事内容に身に覚えのある奄美の市会議員の多数はビクついているようであります。
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